このブログに記載されている内容は、2010年6月から2014年7月までの情報です。

2014年07月11日

【北京】 頤和園

中国に駐在する前から、絶対に行きたかったところ。
頤和園
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%A4%E5%92%8C%E5%9C%92
1884年から1895年(光緒9年から10年)にかけて西太后の隠居後の居所とすべく光緒帝の名により清漪園の再建が命令された。しかし経費の問題より修復は前山建築群に限定されたが、その造営は日本と軍事的緊張が高まり軍備増強の歳出を必要とする清朝には大きな負担となったが、北洋艦隊を整備する海軍予算を再建費に流用していたことで日清戦争敗北の原因の一つとなったと言われる程、国庫を圧迫するものであった。

「眠れる獅子」清が、極東の後進国であった日本に負けた日清戦争。
その敗因の一つとなった程の再建費用。日本に無縁では無い場所。
軍事予算を流用して作った庭園とは、いかほどのものか。

頤和園は、地下鉄4号線で行けます。西苑が正門に近いのですが、駅から正門まで
距離があるという事前情報だったので、北宮門の駅で下車。
いわえん.jpg

下車後すぐにチケット売り場。
チケット1.jpg

入るだけなら30元。いろんな名所を巡るなら60元。
チケット2.jpg

東門.jpg

頤和園の地図
map.gif

初めの有料施設が“蘇州街”
蘇州街入口.jpg

乾隆帝が江南水郷の風景を模して、設計したもの。
蘇州街1.jpg

蘇州街2.jpg

蘇州街を出て、ブラブラ歩いていると万寿山の北側、チベット仏教寺院「四大部洲」に到着
チベット仏教.jpg

チベット仏教2.jpg

そこから昆明湖を望む
万寿山.jpg

一旦、下に降りると「石舫」
石舫.jpg

「長廊」を渡って
長廊.jpg

「仏香閣」へ
仏香閣1.jpg

素敵な階段を上がって行きます
素敵階段1.jpg

素敵階段2.jpg

まずは「排雲殿」
排雲殿.jpg

西側に「宝雲閣」
宝雲閣.jpg

仏香閣後方にある「衆香界牌坊」
衆香界.jpg

仏香閣から昆明湖を望む
仏香閣から.jpg

また下に降りて、船に乗って
船.jpg

南湖島に向かいます
南湖島.jpg

船から万寿山を望む
船から.jpg

南湖島の建物には近代の写真が展示されていました
写真1.jpg

○写真2.jpg

「十七孔橋」を渡って、陸地に戻る。
十七孔橋.jpg

ちょっと時間が押してきました。有料の施設は「文晶院」と「徳和園」
なので、急いでそこに向かう。
地図.jpg

「文晶院」にも、いろんなお宝がありました。
文晶院.jpg

「文晶院」から「徳和園」へ向かう途中に「玉瀾堂」が!
光緒帝が10年間に亘って軟禁された場所。正式な皇帝が10年間も幽閉された時代って。
玉瀾堂.jpg

「楽寿殿」から
楽寿殿.jpg

「徳和園」へ
徳和園.jpg

徳和園にも近代の資料が。
近代資料1.jpg

近代資料2.jpg

徳和園の近くに京劇の舞台が。
京劇1.jpg

京劇2.jpg

京劇3.jpg

その正面に西太后が観劇した椅子が。近代史の歴史の舞台です。
生態号椅子.jpg

次の予定があったので、正門(東宮門)から外に出る。
正門.jpg

ここから地下鉄/西苑の駅までは500mくらい離れている。
西苑の駅の近くにフードコートがあった。ちょっと吉野家で腹ごしらえ。
吉野家.jpg


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posted by ムーゾン at 08:00| 上海 ☔| Comment(0) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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